視線恐怖症について

近年の話だが、何をみてるんだ!と知らない人に敵意むき出して言われた。
突然のことでわけもわからず、パニックになってしまった。
それから、また言われるんじゃないかと思うと気が気でなく
随分と落ち込んだものだ。また、反面なんでこんなことを
言われなくてはないか怒りも湧いてきた。

それから、しばらくの間、またそんなことをいわれるんじゃないかと
思うと知らない人と目線を合わせられない、目線が泳いでしまう
視線恐怖症になっていた時期がある。

視線恐怖症は、自分の視線が他社に不快感をあたえるんじゃないかと思う
自己視線恐怖と人の視線を恐れる他者視線恐怖、その他に生視恐怖
など大まかに3種にわかれるらしい。
自分は自己視線恐怖にあたるだろう。

これは、時間の経過で収まったのだが
過去に目つきというか視線について何度か
指摘されたことがあるのを思い出し
なにか自分の目つきに問題があるのかと心配になった。

そんななか目にしたのが朝日新聞のコラムで
 
  
  獣は相手の目を確と見つつ闘う。正体を隠す愉快犯のような
  『相手の憎悪や敵意を身に受ける』覚悟のない他者攻撃は、
  姑息で、その『対決能力のなさは獣に劣る』と作家はいう。
  「折々のことば」 朝日新聞 2019・8・20 鷲田 清一

と梨木香歩氏の著書の一説を評していた。

今でもたまに視線が泳ぐときがある。
そんな時にこの言葉を思い出している。
相手の目を見て対応しないから、相手になめられてしまうのだ。
自分の目つきなど、他人にとやかく言われることではない。
しかと目を見て話せばいいのだ。
出来ないこともあるかもしれないが、自分がこのことを
わかっていればそれいいと思っている。


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